名無し(Placeholder Name)

Placeholder Nameとは、名前の決まっていない人物を表す「仮名(かめい)」である。

何らかの理由で名前が不明であったり、あるいは一時的に忘れてしまったため、重要ではないため、プライバシーなどの関係でぼやかす場合などに用いられる。

アメリカ合衆国において、日本語での「名無しの権兵衛」に相当するものとして「ジョン・ドウ(John Doe)」という名前がある。女性が対象となる場合は同様の理由でジェーンが用いられ、ジェーン・ドウ(Jane Doe)となる。

Johnはありふれた男性の名前であり、姓のDoe自体にも架空の姓という意味がある。

目次

身元不明人ジョン・ドウ

日本語での名無しの権兵衛とは異なり、この「ジョン(ジェーン)・ドウ/ドー」は、訴訟において身元不明の死体に仮名として用いられることもあるのが特徴となっている。

男性ならジョン、女性ならジェーンが一般的な名前であることにちなむ。

アメリカインディアン運動(AIM)の活動家アニー・マエ・アクアッシュ(Anna Mae Aquash)は、1975年に暗殺され死体が発見された際に、身元が不明だったため「ジェーン・ドウ(Jane Doe)」という名札を付けられた。

またアル・カポネの摘発で有名なエリオット・ネスが捜査に当たった「キングズベリー・ランの屠殺者(the Mad Butcher of Kingsbury Run)」事件では、複数(12人)の死体が出たため身元不明の被害者は男性の場合ジョン・ドウ1(John Doe I)、ジョン・ドウ2(John Doe II)、女性はジェーン・ドウ(Jane Doe I)と番号付きで呼ばれた。

同例としてリチャード・ロウ(Richard Roe)もある。また子供の場合には「Baby Doe」、「Janie Doe」、「Johnny Doe」などが用いられる。

John Doe – Wikipedia

1941年公開のコメディ映画『群衆』は、原題が「Meet John Doe」となっている。

またクレジットカードなどで使用されるのは「Mr/Mrs A Smith」や「A. N. Other」となっている。

イギリス

イギリス及びその影響を受けている諸国家(アイルランド、オーストラリア、ニュージーランド)においては、ジョン・ドウのかわりに「Joe Bloggs」あるいは「Fred Bloggs」が用いられる。Bloggsはイングランド東部でのありふれた名前で、blocあるいはblokeを語源とする。

ドイツ

ドイツでは「ハンス・シュミット(Hans Schmidt)」が伝統的に用いられてきた。

また1984年以降は、「マックス・ムスターマン(Max Mustermann)」、女性の場合は「エリカ・ムスターマン(Erika Mustermann)」が用いられている。

これは同年11月1日以降に発光された機械読み取り式のIDカードのサンプルとして示された女性の名前「Erika Mustermann」がモデルとなっている。※それ以前の1978年のIDカードでは「Renate Mustermann」が用いられていた。

その後、この「Erika Mustermann」の夫として登場したのが「Max Mustermann」であったという。彼らのきょうだいなどとして、「Erik Mustermann」、「Markus Mustermann」、「Leon Mustermann」などがいる。

Mustermann – Wikipedia

これとは別に、「Otto Normalverbraucher」という名前も使用される。これは様々なオプションなどが用意される場面において、そういうオプションを付けない一般的な消費者を指す。

「Otto Normalverbraucher」の起源は1948年公開のドイツ映画「Berliner Ballade」で、主人公のOtto Normalverbraucherは第二次世界大戦に従軍した軍人で戦後ベルリンの自宅に戻った。当時ベルリンは配給制で、労働者や妊婦、傷痍軍人などは多くの配給切符を受け取れたが、Ottoのような一般人はそういう特典を受けれなかった。つまりは”Normalverbraucher(普通の消費者)”だったということになる。彼の名前はその後ドイツにおける一般的な消費者としての仮名となった。※後述する「ジョンQ」に近い。

その他

フランスは「ジャン・デュポン(Jean Dupont / DuPont)」、ロシアは「イワン・イワノビッチ・イワノフ(Ivan Ivanovich Ivanov)」などが有名である。

偽名ジョン・スミス

男性名ジョン・スミスや女性名ジェーン・スミス(John Smith, Jane Smith)。

英語圏においては、名前のジョン、姓のスミス共にありふれたものであるため、日本語での山田太郎やドイツ語でのハンス・シュミット(Hans Schmidt)同様、一般的な人名として認識されている。そのため”偽名”の代名詞としても用いられており、小説などの創作作品において登場人物がジョン・スミスと名乗る場合、それが偽名であることを暗示していることがある。

日本語では山田太郎や山田花子のニュアンスに近い。

架空の映画監督アラン・スミシー

アラン・スミシー(Alan Smithee)は、アメリカ映画で1968年から1999年にかけて使われていた架空の映画監督の名前。

アメリカで、映画制作中に映画監督が何らかの理由で降板してポストが空席になったり、何らかの問題で自らの監督作品として責任を負いたくない場合にクレジットされる偽名である。使用には厳密な規定があり、映画監督からの訴えを受け付けた全米監督協会(Directors Guild of America; DGA)による審査・認定のもとに使用されていた。

当初は無名の人物だったアラン・スミシーは、様々な映画にクレジットされるようになったが、やがて映画マニアなどの間で「アラン・スミシーは映画にトラブルが起きたときの偽名」ということが次第に知られるようになり、偽名としての意味を失っていった。「アラン・スミシー」はテレビドラマ、ミュージックビデオ、書籍など、映画以外の分野でも、責任者の降板などの際に使われるようになった。

その後1997年公開のコメディ映画『アラン・スミシー・フィルム』(An Alan Smithee Film: Burn Hollywood Burn)や1998年公開の『アメリカン・ヒストリーX』(American History X)などでこの偽名問題が大きく取り上げられたことから、2000年以降、全米監督協会は個々の案件について、毎回異なった偽名を選ぶようになっている。

※日本のアニメ業界でも、この英語圏でのアラン・スミシーをもじった架空の監督名が使用される場合があり、「阿乱須美志」、「すみし・あれん」、「阿蘭墨史」、「角石阿蘭」、「阿藍隅史」などが用いられている。

平均的男性・一般市民ジョンQ

「平均的な男性」や「一般市民(大衆)」を表す言葉として、「John Q. Public」がある。元はシカゴ・デイリー・ニュースの風刺画家であったヴォーン・シューメイカー(Vaughn Shoemaker)が1922年に作り出したキャラクターであるという。Vaughn Shoemaker – Wikipedia

また用例として、「John Q. Citizen」と「John Q. Taxpayer」、または「Jane Q. Public」、「Jane Q. Citizen」、「Jane Q. Taxpayer」などがある。

デンゼル・ワシントン主演の2002年公開『ジョンQ -最後の決断-』(原題: John Q)は主人公ジョン・クインシー・アーチボルド(John Quincy Archibald)の通称から取られた題名だが、同時に「John Q. Public」、つまりは平均的アメリカ市民をも意味している。

複数人の場合には「トム、ディック、ハリー」(Tom, Dick and Harry:T, D, A, H)が用いられる。

同種の言葉で、「Joe Public」、「Average Joe」、「Joe Shmoe」などがある。

張三李四

中国語での名無しの権兵衛に当たる言葉は、「張三(Zhang San)李四(Li Si)」である。

中国語で「張三李四」というと、「とある人」と同じ意味になる。「張・李」はいずれも中国でもっとも一般的な姓であり、「三・四」は”排行”である。つまり張氏の三男と李氏の四男を意味し、とてもありふれた名前ということになる。

中国での”排行”は、長男・長女は「大」、次男・次女は「二」、以下「三・四……」となる。単に姓+数字だけで呼ぶ場合も多いが、男なら「郎」、女なら「娘」のような接尾辞をつけることもある。「水滸伝」の扈三娘などがこれに当たる。
これは諱を避けて実の名前とは別に呼ぶ呼び名であり、古くは「伯(孟)・仲・叔・季・幼・稚」と呼ばれていたもの。※日本語では”輩行名(輩行仮名)”と呼び、一郎、二郎、三郎などがある。

俗な表現であるが歴史は意外に古く、北宋の『景徳伝灯録』にしばしば現れる。王安石「擬寒山拾得二十首」其八および其十四にも見える。

これ以外に、「王五(Wang Wu)」、「陆二/陸二(Lu Er)」、「赵六/趙六(Zhao Liu)」、「孙七/孫七(Sun Qi)」なども用いられる。

香港では、「王小明(Wong Siu Ming)」、「陳大文(Chan Tai Man)」が用いられる。

名無しの権兵衛

これらPlaceholder Nameは、日本語での「名無しの権兵衛」と呼ばれるものと同じである。

要するに「名前が分からない人」や「名前が明らかにされていない人」を指して使われる俗語、仮名である。

この日本語の「名無しの権兵衛」の由来にはいくつか説があり、Wikipediaでは以下の2説を挙げている。

  1. 深川の岡場所説
    江戸時代、深川の門前仲町は歓楽街であった。しかし幕府公認ではなかったため、正式には遊女を雇い入れることができなかったため、遊女に「男性の名前」を騙らせることで幕府の目を逃れていた。
    この男性風の名前を「権兵衛名」と呼んだ。しかし雇い入れられたばかりの女にはまだ権兵衛名がついていないことも多かったことから、その女を「名無しの権兵衛」と呼んだことが由来であるという。
  2. 日枝神社の手毬唄説
    東京都赤坂にある日枝神社にまつわる手鞠歌の中に、「名主の権兵衛」と歌う箇所があり、それが伝わるうちに名無しの権兵衛になったという。

この日枝神社の手毬唄とは、およそ次のようなものであったという。

山王のお猿様は 赤いおべべが大おお好き
ててしゃん ててしゃん 昨夜恵比寿講によばれて
鯛の小女郎(小皿?)の 吸物 一杯おすすら 吸うすうら
二杯おすすら吸うら 三杯目には 名主の権兵衛さんが肴がないとてごう腹立ぁち
はてな はてな はて はて はてな まずまず一貫 おん貸し申した
千そっせ 万そっせ おたたぁのたたのた

童歌 わらべうた わらべ唄 わらべ歌 日本の歴史 雑学の世界」より

手毬唄のため、細部でバリエーションがあると思われるが、この「名主の権兵衛さん」がいつしか「名無しの権兵衛」へと変化したのだという。

その他、かつて地方出身者に「権兵衛」という名が多かったことから呼んだとも言う。要するにあまりにポピュラーな語句であったためか、語源はすでにわからなくなっている。

現代では「名無しの権兵衛」が用いられる例は少なくなっており、代わりに「山田太郎」、「山田花子」といったポピュラーな姓と名前を組み合わせた名前が用いられる。他に「田中一郎」など。マスコミ報道においては、「氏名・住所不明」なども用いられる。

また地方自治体や金融機関においては、申請書類への記入例などにおいて市町村名や金融機関名を冠した「○○太郎」「○○花子」などといった名前も広く用いられている。

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